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落語と季節の料理を楽しむ会

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桂小米が、政府インターネットテレビで岸田大臣と対談しています。2008/2/14。 交通安全についてです。ここで見ることができます

落語と季節の料理を楽しむ会

朝日新聞2009.6.22夕「米朝よもやま噺」より  このところ、私は骨折やら脳梗塞やらで毎年のように入院してますが、来年で還暦を迎える直弟子の小米もちょいちょいと病気をしています。のどをわずらって、去年の12月からはしばらく高座を休んでいたんです。「たばこをやめな治らん」と医者に言われ、ついに禁煙したんやて。私も入院中はたばこは吸わなんだな。というより、吸えなんだんや。小米は薬で何とかやめたんやそうな。飲み始めたら、日に日に吸う本数が減ったそうやで。  小米は酒も好きでね、昔からよう一緒に飲んできた。もっぱら日本酒を冷でね。落語の稽古が終わって夕方から、なんやかんや話しながら飲み続けて、いつのまにか日付が変わっていたこともあります。「ようそんなに話すこと、ありますね」と、妻から言われこともありましたがね。  そうそう、酒といえば、酒癖の良うない噺家もいる。よう言われるのは、昔は我太呂と名乗っていた三代目の文我です。生涯、酒と縁の切れることのなかった男です。でも、彼はネタの話や落語論が大好きでね、枝雀ともウマが合(お)うたんや。  兄弟子の枝雀のことをずっと見てきた小米は、枝雀にとっての最終目標は「たちぎれ線香」だったんやないかと考えている。どうも、酒を飲んだ時などに、弟弟子たちとあのネタのことを探るようにしゃべっていたらしいんや。確かに枝雀はいろんな噺をどんどん自分流に変えていったが、たちぎれはやってなかったんやないかな。小米の見方では、「たちぎれだけは突破口が見いだせず、崩せなかったのでは。だから、あのネタが枝雀兄さんを殺したんじゃないかと思ってしまうんです」。  かつて私が京都の市民寄席で、たちぎれをやった時、枝雀は聴きながら泣いていた。ところが、楽屋に戻った私が平気で親子どんぶりを食べてるんで、えらい憤ってね。サンケイホールで私が中入り前にたちぎれをやり、トリネタで「池田の猪(しし)買い」をかけた時も、「あんなにええ噺の後になんで」とぼやいてたんやて。詳しいことは知らんが、枝雀がたちぎれに特別な感情を抱いていたのは間違いないと思います。

朝日新聞2009.6.29夕「米朝よもやま噺」より  弟子の小米から聞かされたんやが、枝雀は「米朝落語にだまされるな」と、ほかの弟子たちに話していたことがあるらしい。私の落語は非常にまねしやすいんやが、それが落とし経験年数とテクニックがなければ成立しない落語やと言うていたそうや。  その小米にしても、最初のころは私と同じようにネタをやってようウケた。でも、なぜか次第にウケなくなった。けど、還暦近くなった今の年齢になってから、昔と同じようにやると、またウケるようになったと言うんです。  一つ、私から言えるのは、ウケなくなってしまったネタは一旦捨てるべきやということですな。いずれ時を経てやり直すと、何かが変わっているんです。自分では前とまったく同じようにやっているつもりでも、きっと何かが違うてるんや。噺家の高座とはそういうもんやろうと思います。  そう言えば、私はネタの稽古は弟子が見ている前ではしないようにしてきた。見られていると思うと、どうもやれなんだんです。そやさかい、弟子たちに随分と稽古はつけましたが、私が自分の稽古をしている姿は、ほとんど見られたことはないはずです。  ネタを覚えるのにまず、ノートに一字一句書き出していく噺家もいる。枝雀は、登場人物の設定まで事細かに書いてたことがあるそうや。私はそんなことをしたことはありませんな。ただ、ラジオやテレビの出演も含めて、どこでどのネタをかけたのかは、ずっとノートに記録してた時期がある。別にネタが重ならんためということではなかった。ただ、ちょこちょこと、その時々の自分の気持ちを書いておきたかったんや。後から見直してみたら、なんでそんなことで悩んでいたのかということばかりでしたがね。  小米がよう覚えていたんやが、枝雀とざこばがなんで「桃太郎」が「桃太郎」というネタの名前なのかというようなことで私にいろいろ訊いてきたことがある。「それじゃ、何にしたらええんや」と返した。落語というものには、こだわり過ぎても仕方がないことがあるんや。あんまり細こう考え過ぎたらあかん、やれんようになるで。

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