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幻の米東高野球部センバツ準優勝旗 のカラー写真が発見される!?!

 えっ!何でここにセンバツ野球大会の準優勝旗が?そして、よ~く見ると、ペナントには 母校:米子東高校の名前がはっきりと記されています。そうです・・・・・・・! 昭和35年春の甲子園センバツ大会で、あの宮本洋二郎投手を擁した米東高が決勝戦では香川県代表の高松商業に2対1で敗れたものの、見事に準優勝を成し遂げ母校に持って帰って来た準優勝旗のペナントです。あの頃、男の子ならみんな草野球に興じていた時代。おそらく、第二の宮本投手を目指して白球を追っていた頃の青春時代の思い出が蘇ってくるのではないでしょうか?  ところで、この準優勝旗。どこかの会議室で撮影されているような気がします。母校:米東高の校長室・・・・?この準優勝旗は翌年の大会時には返還しなければなりませんから、母校には保管されていません。  ここは、神奈川県にある横浜高校の校長室です。横浜高校野球部と言えば、甲子園での戦歴は勿論のこと、幾多のプロ野球の名選手を数多く輩出していることで有名です。ナント言っても、松坂大輔投手の春夏連続優勝のシーンは未だに脳裏に焼き付いています。でも何故、横浜高校の校長室で米東高のペナントが撮影されたのか?  2003年のセンバツ大会で涌井投手(現西武ライオンズ)擁する横浜高校が広島県の広陵高校に惜しくも敗れ、母校に準優勝旗を持って帰って来ました。この旗は1年後に返還しなければならない貴重な品物ですから、学校側も翌日には金庫に保管する予定で置かれていました。  皆さんは、俳句の今井聖(今井邦博)さん(65期)をご存知ですね?彼は今も、この横浜高校で英語の教鞭をとっています。その今井さんが2003年の或る日、校長室で準優勝旗を目にし、「もしや!?」と思い、バーゲン品をまさぐるオバちゃん達の如く(定かではありませんが・・・)、ペナントを探していくとそこに「昭和35年 鳥取県立米子東高等学校」の名前を発見したのです。  今井さんは校長先生の了解を得て、直ちにシャッターを切りました。それがこの写真です。母校の準優勝は今のところ1回だけですが、あの横浜高校も準優勝旗は1回だけだそうです。                                       (東海米城会 65期 岩崎信夫 記)

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岩崎さん  「高校野球準優勝旗」に 母校米子東のペナントが写っている写真に関する投稿記事の紹介ありがとう。写真は数年前の同期会の時今井さんから見せてもらいましたが、今井さんが俳句の機関紙に投稿された『準優勝狙い』の記事は気持が本当に伝わってくる文章ですね。感動しながら読みました。  貴兄が東海米城会の懇親会でこのことを披露するとは Great Idea でしたね。そのときの会場の盛り上りの様子も伝わってきます。  昭和35年春の選抜、高松商業との決勝戦で9回裏、後に立教大学、阪急ブレーブスで活躍した山口選手にレフトラッキーゾーンにサヨナラホームランを打たれて負けたことは今でも鮮明に覚えています。実家で買ったばかりの白黒テレビを食い入るように見ていた試合、あれからもう54年経つのですね。  改めて愛するわが母校とふるさとを想い起こさせてくれてありがとう。 ダンダン。(65期 K)

準優勝旗のカラー写真と隠れたエピソードに感動しました。  昨日、鳥取商業高校の関西同窓会総会に招かれて顔を出してきました。参加人数は50人ほど でしたが、賑やかで楽しい会でした。そこで、高校野球の話題になり、鳥商は今年も甲子園出場を狙っているとのこと、「米子東はどうですか?」と聞かれ、返事に窮した次第です。  きょうは、この記事を見て、半世紀以上昔のことを懐かしく思い出しました。  「甲子園球場で、(準)優勝旗を持って凱旋行進したのは、山陰では私ひとり」と往時の吹野主将は語っていますが、この発言はいまだに生きていますね。  貴重な写真撮影のご苦労とエピソードの提供に感謝 です、ありがとう!  (M.H)