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アメリカの二重の基準論と日本の混迷

> 今まで、 > 二重の基準論の勉強から始まったせいか、 > ドイツの比例原則の考え方がいまいちよくわかりませんでした。 > しかし、今日先生からドイツとアメリカの憲法の歴史を聞いて > 腑に落ちました。 > > アメリカではニューディール以降の司法消極主義に対応するために、 > 司法が積極的に判断する分野を創るために、 > 機能的な議論(裁判所と議会の役割分担)が出てきたのに対し、 > ドイツではもともと司法消極主義の考え方がなかったので、 > 機能的な議論は出てこずに、 > 権利侵害が大きければそれを正当化する政府利益は大きくなければならないという > 素直な考え方(比例原則)が出てきたのだということがよくわかりました。 > > 日本の憲法解釈が難しいのは、 > アメリカ型の解釈とドイツ型の解釈が混在しているからなんですね。 > > 今まで自分の憲法の考え方に、 > 比例原則的な発想が乏しかったと思います。 > アメリカ型の機能的な議論ばかりしていたために、 > 事案と離れた分析になっていたのではないかと感じました。 > > 今度もしよければ、先生が翻訳されたドイツ基本法を読ませていただけませんで > しょうか。 > 比例原則がどのように使われているのか見てみたいです。  ある学生から上のようなメールをもらいました。十数回に及ぶ授業でもなかなか理解してくれなかったのに、一回の話だけでよく分かったというのはありがたいというか、私の教育経験では例がありません。本人の努力によって私の話を受け容れるだけの素地ができていたのだと思いますが、うれしくなったので、どういうことを話したのか皆さんにも紹介します。実際に話した内容はもっとコンパクトでしたが、初心者にも理解できるように詳しめに書きます。 1 2重の基準論はどこから生まれてきたか。なぜ日本で受け入れられたか。  2重の基準論はアメリカで生まれた判例理論ですが、日本の解釈にも有効だというので輸入され、戦後の日本の解釈学において通説になりました。2重の基準論は、1938年のカロリーヌ判決を源流としています。アメリカの最高裁判所は、18・19世紀型の「アメリカの自由」の守護者を自任し、それを制約するものに対しては、議会の制定した法律であってもノーを突きつけてきました。この傾向は時代が下るとともに強まります。いわゆる司法積極主義です。  そして、これが悪い形で現れたのがニューディール政策を実施するための立法に対する一連の違憲判決です。「アメリカの自由」は市場経済への信頼を基礎としているので、恐慌後のアメリカ経済を立て直すための政府の市場介入政策は、合衆国憲法の保障する自由とりわけ経済の自由(財産権の保障や契約の自由)に反するとされたのです。最低賃金とか最低労働時間を定める労働者保護立法や政府が積極的に雇用機会を創出する立法に対して、レッセフェール(なすにまかせよ。政府は手を出すな。あとは神が見えざる手によって最適の状態を作り出してくれるという自由主義経済の大原則)に反し、経済を攪乱するものだと判断し、違憲判決を下したのです。現在のアメリカも、大恐慌以来のリーマンショックを経験して、オバマ政権のもとでグリーン・ニューディールが実行されようとしていますが、この政策が裁判所によって阻止されたらどういうことになるでしょうか。裁判所に対するブーイングが起きるでしょう。経済的・社会的弱者を救済するための法律を違憲だということは、裁判所が弱いものいじめに荷担することにほかなりません。1930年代の司法は「アメリカの自由」に内在するこのような問題点をあらわにしたものでした。  国民の批判を受けて、裁判所内部からも反省が起きました。違憲審査権は何のために存在するのか。弱いものや少数者を守るためでなかったのか。ニューディールを推進しようとした民主党の政策は確かに古典的な自由主義とは合わないかもしれないが、ここは一歩下がって判断を控える方がアメリカの民主主義と国民の福祉のためになるのではないか。こういうときは司法は出しゃばらず民主主義を立てた方がいい。これが、司法消極主義です。違憲審査権を持っているからといって振り回せばいいというものではないという考え方です。こうして、1937年を境にアメリカの最高裁は方向転換を図りました(方向転換を図った判決としては1938年のカロリーヌ判決ではなく1937年のウェストコーストホテル対パリッシュ事件が有名です。「英米法判例百選〔第3版〕」80頁以下)。アメリカでは「憲法革命」と呼ばれています。「自由の守護者」=最高裁判所が時代遅れになっていたのです。これによって、経済政策立法についての違憲判断は控えられるようになりました。  しかし、すでに述べてきたことですが、ここで忘れてはならない重要なことがあります。それはアメリカの憲法は、歴史は古いが、古いがゆえに自己決定、自己責任をよしとする自由万能論で、社会福祉や社会保障の考え方はまったく盛り込まれていないということです。建国者たちは現代の福祉には思いが及びませんでした。西部開拓時代の荒野を思い浮かべれば分かるように、アメリカは自由の新天地です。ヨーロッパと異なり自由を規制するものは何もありません。法律もない代わりに保安官もいなかったので自分の身は自分で守らなければなりませんでした。だから、武器の保有も人権として認められています。これが修正第2条の意義です。もちろん、これが現代にまで尾を引く銃社会の根拠とされ、マイケールムーアの格好の題材とされることになったことはみんな知っていますね。このような自由を守るために議会を監視するのが裁判所の役割だと考えられました。  建国の歴史からもうかがえるように、最高裁の変身が遅れたのは、アメリカの憲法規定にも責任があります。日本のように労働者の権利(27条、28条)や生存権(25条)の規定があれば、憲法の番人の役割は強者の自由だけを守ることにはならなかったはずです。以前にも書きましたが、最高裁が経済政策に関して審査能力がないということをニューディール期に悟ったのではありません。現代民主主義における自己の役割を自覚して、権限の行使を自粛したのです。これを司法の自己抑制judicial self-restraintといいます。賢人たちの客観的な能力が不足していたという問題ではありません。能力の問題ではなく態度の問題です。最高裁は方向転換を図るまで大量の違憲判決をはき出していたのですから。鷹が爪を引っ込めただけのことです。  日本の場合は25条から28条までの社会権の規定があり、自由権との間においてバランスをとることが憲法上要請されています。裁判所もそれに従う必要があります。したがって、アメリカの最高裁のまねをする必要はないし、まねをすると却っておかしなことになります。「経済政策はどうも苦手で…」という遠慮は不要です。憲法の価値にしたがって、ふつうに判断しても弱いものいじめに荷担する心配はありません。むしろ、場合によっては、政府の社会・経済政策に対して社会的弱者の保護が不十分であると注文をつけることが求められるでしょう。学生無年金訴訟などはそのようなケースだったと思われます。実定憲法におけるこの重大な構造の違いを忘れている人が多すぎます。  アメリカの最高裁は、この劇的な転換で一切議会にものをいわなくなったかというとそうではありません。カロリーヌ判決において、ストーン判事が有名な脚注を残しました。それを見ると、修正1条で保障されているような権利(いわゆる精神的自由)については今後も自由の擁護者としての役割を果たしていくといった趣旨のことが書かれています。それから、政権交代によっても救われない孤立した少数者の存在があることを指摘しています。共和党から民主党に政権が変わって福祉重視の政策になっても裁判所は口出しをしない。しかし、人種的、宗教的、民族的少数者は、民主主義がいかににうまく機能していても、すなわち適度な政権交代が起きても偏見が障害となって救われないかもしれない。こういうときは裁判所の出番であるといいます。二風谷訴訟をたたかったアイヌ人の萱野茂さんが「民主主義」による決定は我々の敵対物だといっていたことが思い起こされます。  アメリカの最高裁は、司法消極主義に舵を切ったとはいえ、この例外部分については従来どおり積極主義で行くということを述べたのです。この例外を強調し、この部分が大きくなると2重の基準論ができあがります。これについて、精神的自由一般に関して司法積極主義を留保したのだととらえる見方と、政権交代(政治的プロセス)にゆだねられないものに限って積極主義を留保したのだととらえる見方が分かれています。後者の見方を純化した理論が松井茂記教授のプロセス的憲法訴訟論です。機能主義的な見方ですが、ニューディールの出発点に立ち返って考えてみれば、何かズレを感じます。機能的に割り切りすぎている感じがします。  そして第2次世界大戦中から戦後しばらくの期間、アメリカの最高裁は、表現の自由領域や黒人差別の問題について目の覚めるような違憲判決を出し、アメリカの民主主義(多数決民主主義ではなく立憲民主主義)の本領を示しました。とくにウォーレンコートは、戦後民主主義国家として生まれ変わった日本のお手本となるような判決をたくさん書いたので、日本の学界も「裁判所かくあるべし」とアメリカの最高裁になびいたのでしょう。しかし、平和主義や生存権はアメリカの憲法には書かれていませんから、この領域ではアメリカからは学ぶべきものはありません。この辺が2重の基準論の限界だったといえます。  しかしながら、何事によらず消極的だった日本の最高裁に対して、「2重の基準論が表現の自由くらいきちんと保障しろ」という強力な理論的バックアップになったことは確かです。日本では当時、反政府的な政治運動や労働運動が盛んで、それを規制する法令もたくさんありましたから(皮肉にも公安条例のようにアメリカの占領軍によって作られたものが結構あります)それが数多くの訴訟となって裁判所に持ち込まれました。それに対して最高裁は逃げ腰でしたから「厳格な審査を行え」という批判を学界から浴びたのです。代表的なものとしては公務員の政治的行為の禁止を合憲とした猿払事件があります。下級審はこのような事件について積極主義的な判断を示したこともあったので、それとの対比で最高裁がより厳しく批判されることになったという事情もあったでしょう。学界は、戦後の民主主義を根づかせるためにも、最高裁がこの領域で積極的に違憲判断を出すことを期待しました。政治的権利ではありませんが、公務員の労働基本権については最高裁が合憲限定解釈を使ってリベラルな判決を一時期書いてぎりぎりのところでこれに応えました(全逓東京中郵事件や都教組事件)。しかし、すぐに判例を変更して元通りにしてしまいました。東西の冷戦構造の中で政治的圧力に屈したのでしょう。 2 ドイツの3段階審査はなぜ注目されているのか。  いま、ドイツの憲法裁判所の判例理論である3段階審査が注目されています。これにはいろいろな理由がありますが、1つはアメリカをモデルにした違憲審査基準論が理論的にも実践的にも行き詰まりを見せているということです。もともとアメリカの判例理論は消極主義一辺倒 ではなかったのですが、日本に入ってきて非常に消極的なものになりました。それは、部分社会論など古くさい理論も吸収して、国会に遠慮しすぎる理論に変質しました。これでは司法試験にも使えません。原告の主張が組み立てられないのです。違憲立法審査権は国会の決定をひっくり返すところに妙味がありますから、少なくとも原告は積極主義の立場に立つ理論を用意しなければなりません。  積極主義のモデルとしては、アメリカよりもドイツのほうがふさわしかったかもしれません。戦後の権力分立のシステム変更と形式的法治主義の克服により、ドイツの司法権は飛躍的に大きい存在になりました。とくに連邦憲法裁判所は、アメリカの連邦最高裁判所よりも大きな役割を果たすようになり、世界最強の裁判所だといわれるようになりました。ところが、ドイツの違憲審査制はいわゆる付随的違憲審査制でありません。そのために、「制度が違う。日本の参考にならない」と無視された時期が長く続きました。「戦う民主制」という特異な民主主義も学界から嫌われれました。しかし、基本権(=人権)の部分だけを取り出してみれば日本と共通するところも多く、憲法解釈だけでなく憲法判断の方法まで含めて、参考になる判例がたくさんあります。憲法解釈の方法論という点で見れば、日本はアメリカよりもドイツとの親和性が高いでしょう。なぜかというと近代日本の法文化は、明治以降、ヨーロッパ大陸の法伝統を受け継いで作られてきたからです。制定法主義や教義学的解釈学(ドグマーティク)などがそうです。  憲法解釈学の主流は戦後、急にアメリカ寄りに変わりましたが、刑法などはずっとドイツ寄りの解釈方法論でやってきました。行政法も私の見るところではそうです。戦前からの古めかしい言葉遣い(訳語)が生き残っていたりします。実定憲法の規範構造は米独日3者3様でいずれも相当に距離がありますが、しかし、これもどちらかといえば日米の間より日独の間のほうが近いでしょう。冷戦の終了によりドイツの悪いイメージが払拭されたこともあり、ドイツ憲法学に対する学界の抵抗感が薄れてきています。アメリカ憲法の大御所、伊藤正己氏が消極主義に陥っている日本の違憲審査の活性化のためにドイツ型の憲法裁判所を導入してみたらどうかと提言したことも、この流れを後押ししました。  私もドイツを研究してきた者としてドイツに注目が集まり、ロースクール生の中にさえドイツの判例から学ぼうという機運が生まれてきたことは素直に喜びたいと思いますが、しかし、ドイツについてもアメリカの判例理論と同様に直輸入というのはよくないと思います。小山剛さんの著書にはややその傾向が見られます。ドイツと日本では、憲法価値と規範の構造において大きな違いがあります。たとえばドイツの平和主義は日本ほど徹底していません。もちろんアメリカは元から平和主義がありませんが、そういった憲法規範の違いを踏まえずに輸入しようとすると日本の憲法問題の適正な解決を誤るかもしれません。 (以下続く)

プロローグ 予備校教育と新司法試験  旧司法試験の時代は、主として予備校が受験教育を担っていた。予備校は、法律知識のない者に対しても短期間で効率よく受験テクニックを教え込むことにたけていたが、その方法は、基本書を使って法的思考力を身につけさせるというものではなく(このような正攻法で教えると時間がかかりすぎる)、基本書のキーワードや結論部分(それも劣化コピー)、および最高裁判決の要旨(それも覚えやすいように予備校が加工したもの)をカード化したものを教本として使い、それを学生に丸覚えさせるというものであった。学生はこのカードを覚えて試験場に臨み、出題のテーマに関連していると思われるカードを記憶から引き出して並べ、答案を作る。効率よく短時間でこの作業ができるようになるために答案練習を繰り返し行う。当然、解答はワンパターンになり、事案に即した解決や自分の見解を示すことはできない。  旧試験の論述式は事例問題だったとはいっても数行の問題で、事案は解答者が判例知識をもとにして想像する必要があったので、ある程度のごまかしがきいたが、新司法試験では詳細な資料を付した具体的事例が出され、過去の判例の結論の機械的な適用では対応できないのでこの方法では全く通用しなくなった。とくに憲法では機械的な処理答案〈定型的,「自動販売機」型の答案〉(法務省発表・今年の出題趣旨より)は最も嫌われる。  ロースクールの発足と新司法試験の実施によって司法試験をめぐる状況は一変したものの、予備校の影響は根強く残っている。ロースクールと予備校とのダブルスクールは物理的・時間的に無理がある。しかし、旧来の慣習から基本書や判例を読まず、予備校本だけを頼りに授業を受けているロースクール生は、既修者を中心にしていまだに少なからずいる。また、ロースクール入学前の教育と、ロースクール修了後の教育を予備校に頼っている者は非常に多い。新司法試験ではロースクール修了時の1回目が合格率がもっとも高く、終了後の合格率が極端に低いという傾向は、こうした事情と関係している。

再現本は信用できるか? (プロローグの続き)  しかし、他方で受験生の身になってみるとロースクールでの正攻法の勉強はつらい。基本書や教科書は予備校本に比べて抽象的で難しく、答案作成のためには直接役に立たない。また、柔軟な法的思考力を身につけるために判例を読めといわれても、膨大な判例を読みこなして答案作成のヒントをつかみ出すだけの力が自分にはない、といったところが本音だろう。その点で予備校本は読みやすく、書かれていることを覚えて写せばそれがそのまま答案の一部になったので重宝した。もしも、予備校本に誤りが多く、覚えるに値しないということであれば、その代わりになる信頼のおける参考書や問題集がほしい。自分がなぜ落ちたのか、新司法試験の採点基準もよく分からないのでとりあえずは合格者の再現答案を集めたような本から学んでいるが、再現本を除き、新司法試験対策の本が充実していないので困っている。  このような心情は理解できるし同情もする。しかし、再現本は信用できるだろうか?私はかなり疑わしいと思っている。真似しやすいようにあるいは覚えやすいように、事後的な加工が施されているのではないか。加工による劣化があるように思われる。箇条書きに近いものも見たが不自然だ。どちらにしてもそれを丸覚えしたり模倣しても意味がない。本人の思考力が試される試験なのだから。一部を真似て自分の答案に取り入れたら、答案全体の構成に狂いが生じ「そもそも考える力がない」として最低の評価になること請け合いである。  出題趣旨や採点の感想を読むときにも気をつけなければならないことがある。人間は自分にとって好都合な情報、有利な情報、もっといえば楽ができる情報に飛びつく傾向がある。「具体的な事実を丹念に追いかけて分析する必要がある」と書いてあれば「問題文や資料を書き写せばいいのか。楽だな」と都合のいい解釈をする。違憲審査基準について正確な記述が必要だと書いてあれば、「やはり審査基準論が一番重要なんだ」と思い込む。いずれも本人にとって楽な方に逃げ込もうとしている自分に気がつくべきだ。