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自衛隊イラク派遣違憲判決について

 新聞でも大々的に報道されたが、自衛隊のイラク派遣が憲法9条に違反し、イラク特措法にも違反するという判決が名古屋高裁で出された。自衛隊や米軍基地をめぐる訴訟は今日でもたくさん提起されているが、憲法9条に違反するという判断が示された判決は長沼事件札幌地裁判決以来であり、画期的である。  ここでは新聞にあまり書かれていないことを述べてみたい。明快な違憲判断を判決理由で述べつつ、請求を棄却するという判決手法は、岩手靖国訴訟仙台高裁判決や小泉靖国参拝訴訟福岡地裁判決でも採用された。岩手靖国訴訟で仙台高裁は県議会の首相参拝促進決議が政教分離原則に反し違憲であることを確認しつつ、住民訴訟による損害賠償の代位請求は議員に故意・過失がないとして認めなかった。その結果、高裁判決が確定判決となった。原告の実質勝訴である。「実質敗訴」した県はこれを確定させてはならじと最高裁に上告したが、勝訴した方からの上告は認められないとして上告は却下された。  憲法訴訟としてみた場合、形式勝訴と実質勝訴が食い違うこのような判決手法について「ねじれ判決であり許されない」という司法消極主義者がいるが、私は、日本が付随的違憲審査制を採用している以上、このようなことは避けられないことであり、判決理由において違憲判断を含む憲法判断を示すかどうかは裁判所の裁量に委ねられていると考える。日本の裁判官は、ドイツの憲法裁判官と違って、憲法訴訟の審査判断権と通常の訴訟の審査判断権の両方をもっている。それをどのように使うかは裁判官の良心に任されているのである。したがって、今回の判決は、判断の方法としても間違っていない。  ところでこの裁判では裁判長は退職しており判決文は代読された。この点も岩手靖国訴訟と同じである。下級審の裁判官がこのような大胆で明快な違憲判決を書くためには、相当な勇気と覚悟が必要だという状況は、「法の支配」を日本社会に定着させるという目標を掲げた司法改革が進行しつつある現在でも、まだ克服されていないのかもしれない。  2005年の在外日本人選挙権判決で最高裁も積極主義へ方向転換するのではないかと期待されたがその後、最高裁はめざましい成果を上げていない。自衛官宿舎ビラ配り事件では、何十年も昔に戻ってしまったかのような人権感覚に欠けた判決を書いた。  とはいえ、9条の会の活動や改憲をめぐる世論の変化、それに昨年夏の参議院選挙における改憲派の敗退により、政治に緊張が生まれ、それが司法にも刺激を与えている。司法全体が変わる明るいきざしの1つとしてこの判決を受けとめたい。(永田)

「9条違憲」判決 司法は堂々と憲法判断を 福島重雄元判事  航空自衛隊のイラクでの派遣活動について、名古屋高裁が4月17日に出した判決の中で、憲法9条に違反するとの判断を示した。9条をめぐる裁判での違憲判断は、私が札幌地裁の裁判長時代に言い渡した「長沼ナイキ基地訴訟」の自衛隊違憲判決以来、実に35年ぶりのことだ。  国防など高度に政治性のある国家行為については、司法は判断権を有しないとする、いわゆる「統治行為論」という考え方がある。しかし私は、判決でこれを採用しなかった。なぜなら憲法に違反する考え方と言わざるを得ないからだ。憲法81条は「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則または処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と規定しており、このような憲法のもとで、「司法の審査に服さない国の行為」の存在を考える余地はないと言える。  そもそも三権分立の中で、司法が一定の分野について判断を避けるという姿勢は、政治に追従、譲歩することにほかならず、日本が「法治国家」ではなくなってしまう。合憲であれ違憲であれ、裁判所は証拠に基づいて堂々と判断を示し、それを積み重ねることによって国民の間で議論が深まることが、法治国家のあるべき姿である。私はこうした考えから、自衛隊と憲法9条を判断の対象にすることになんら迷いはなかった。  その後の35年間、9条違反を主張した裁判はいくつか提起されたものの、憲法判断が示されなかったのは、統治行為論を原則とする最高裁の意向が強まったからだろう。  残念なことに、憲法判断を避けるという裁判所の消極的な姿勢は、自衛隊の実態と憲法をめぐる議論が国民の間に広がっていかなかった、その一因になってしまった、と私は思う。国民が関心を持たなければ、裁判官も「わざわざ憲法判断をする必要はない」と、統治行為論に逃げ込みやすくなってしまう。こうした好ましくないムードがすっかり定着してしまったが、名古屋高裁の久しぶりの9条判断は、この現状を変えていくきっかけになるかもしれない。  今回の違憲判断に対して、福田首相は「傍論。脇の論ね」と語り、素っ気なかった。判決が主文では国側の勝訴としつつ、理由の中で違憲判断を示した手法に、「主文に影響しない違憲判断は蛇足だ」とする批判も出ている。しかし、原告が主張するような憲法違反があるかどうかという事実認定をまず確定したうえで、その事実に基づいて原告に訴えるだけの権利、利益があるのかどうかを判断した手法は、裁判のあり方としては常道であり、なんら問題はない。  航空自衛隊トップの「『そんなの関係ねえ』という状況だ」とする発言をはじめ、政府関係者の指摘の多くは、判決のインパクトを弱めようとする意図が感じられる。本来、違憲判断が示されたときは、判決内容を頭から無視するのではなく、不服であっても真摯に受け止めたうえで、まず政策の内容を点検し、国民の議論が深まるように努めていくべきである。  政府が判決を軽視する態度を取れば、司法への信頼は弱まってしまう。国民全体が「そんなことは関係ない」と受け止め、深い沈黙に陥ってしまうような事態は避けなければならない。 ◇73年の長沼ナイキの判決後、東京地裁手形部、福島、福井家裁に勤務し、89年に定年まで6年残して退官。現在、富山市で弁護士事務所を開設。77歳。 (2008.5.1 朝日新聞)

主任弁護人を囲んでの学習会7月2日